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#64 「任せる」という言葉の罠

「一人ひとり違って当たり前」と声高に言いながら、「一人ひとりの違い」をどこまで認めるか、というジレンマが何年たっても解決できないでいます。

上司だろうが部下だろうが、・報告書を提出しない人をどこまで認めるのか・あいさつの元気のなさをどこまで認めるのか・笑顔のなさをどこまで認めるのか・期限内に仕事が終わらない人をどこまで許すのか・だらしない身だしなみをどこまで許容するのか・資料が自分のイメージと違うときにどこまで修正を要求するのか・資料内で使う言葉が微妙に違うときどこまで修正を要求するのか。。。。。。。。この類の話にはきりがない。

こういう感情に心が支配される

こんなことが続くと、毎日イライライライラしてくる。

「結果出してればいいじゃん」っていうけど「結果って何?}という話

組織の大小はあるが30年以上リーダーをやり続けてきた今でも、私はこのジレンマに悩み続けている。というか僕のストレスのほとんどがここに関することだ。僕のストレスのほとんどがこれだとすると、僕は一日の大半をこの感情の対処に使っていたことになる。変な話、1日4時間こういう感情と戦ってるとしたら35年間で3万5千時間くらいこの感情に対処した計算になる。

もう、いい加減、「プロになってるだろ」「対処法分かるだろ」っていう話なのだが(笑)

でも、結果として
・部下が退社したり
・部下のメンタルがやられたり
・部下の成果がでなかったりするわけなのです。

ただ振り返ると、こういう時の「負け筋」は、僕が「任せる」といった時なのかもな、と思うのです。

「任せる」という言葉が悪いわけではなく、「自分の望む行動をすべて言わないとき」「途中で軌道修正すればいいか」とぬるっと始めたとき。

こういうときは、途中で歯車が狂っていることが多い。

「任せる」といえば聞こえはいい。でも僕は、自分の求める「高い基準」を言葉にして伝える労力を惜しみ、ぬるっとスタートさせていただけ。つまり、耳障りの言い「任せる」という言葉を使って「伝える手抜き」をしてるだけだったのだ。

それなのに、いざ部下から上がってきたものが自分のイメージと違ったり、期限が遅れたりすると、「なんで言われた通りにできないんだ」「もっと考えろ」とイライラをぶつけていた。徹底的に詰めて、部下の心を壊したこともあった。最低のリーダーだったと思う。

リーダーの「隠し事」「手抜き」でいい良い組織カルチャーなど絶対に生まれない。
・ぬるく始めない
・自分の基準を隠さない
・すべて手の内を伝える
3万5千時間悩み、失敗し続けてきた今、この3つはリーダーの勝ち筋と言い切れる。

*写真は、創業時に考えていて却下になったSTANDSのロゴマークのひとつ。現在ロゴマークを検討中

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この記事を書いた人

株式会社STANDS 代表取締役

ロイヤルホスト、ドトールコーヒーを経て、物語コーポレーションに約25年間勤務。四半世紀以上にわたり、サービス業の現場で「人」にまつわる喜びも難しさも肌で感じてきました。現在はその経験を活かし、飲食業界のみならず広くサービス業界で「人」に悩むリーダーの皆さまに伴走しています。

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